2026.6.12blog

新入社員ブログ~入社して2ヶ月 新入社員の大冒険③

#社内ラジオ

涼しく冷たい風が気持ちいいな~ぁ(大きくのびる)。

トミソーの前にある公園を朝お散歩するのが最近のお気に入り。2026年新入社員の中島菜緒です!

第3回目となる今回の記事では、いよいよ「なぜ私、中島菜緒がトミソーに就職したのか?」について。トミソーとの出会いから、葛藤し、決断するまでの私の“就活大冒険”をありのままにお伝えします。

それでは……お楽しみください!

会社前の公園

”大迷走!の先にみつけたMy route”
~ファンという存在からプレイヤーに~

👩「なおちゃん!久しぶり!元気にしてる?就活終わったー?」

私:「まだ終わってなくて、、、。でも、前より悩みは整理できました!」

👩「何に悩んどるがけ(笑)」

私:「実は今、東京の会社2社でどちらに進むか悩んでいて……」



大学4年生の6月。就活で先の見えない迷路にいた私に、まるで心の中を見透かしたように突然メッセージをくれたのは、トミソー採用担当の鬼ちゃんこと、鬼原さん。
「なおちゃんの良さはガッツの強さだから!失敗したら次にいけばいいし、今したいことやったらいいよ!なおちゃん、どこでもやっていけるから!」

「みんなに求められるなおちゃんじゃなくて、なおちゃんの人生なんだから🔥」
と親身になって相談にのってくれる。

その時、私は思いました。
「この方は、私が自分の会社に来ないだろうってわかっているのに、どうしてこんなにも本気で応援し、悩みに寄り添ってくれるんだろう?」と。

トミソーとの出会い

〇大学2年生:出会い
トミソーとの出会いは、大学2年の時に参加した企業交流イベント。「なんかいい企業さんだな〜」という第一印象と、当時から建築業界に興味があったことで、思い切って1dayインターンに申し込んだ。
そこで何かを感じ取った私は、インターン後に木村社長へ直接メッセージを送った。
「パースを描けるようになりたいんです!」って。
(※実はこの私の突撃メッセージが、後にトミソーで「パース教室」が開催されるきっかけになった。笑)

〇大学3年生:「ファン」としての距離感
その後も採用イベント(お肉交流会)に参加したり、トミソーとの繋がりは細く長く続いていた。

だけど当時の私は、周りにこう話していた。
「富山出身で、富山にめちゃくちゃ愛着があったらトミソーって最高なんだけどね〜。私、富山にずっといるつもりはあまりないからな」
当時の私にとってトミソーは、就職先というよりは「推しの企業」。大好きなファンであり、友達のような、そんな心地いい距離感の存在だった。

事態が一変したのは大学4年生の春~夏。


ここで、少し私の就活ヒストリーをお伝えします。

肉交流会にて

\パッション中島の就活迷走ヒストリー/

〇大学2年生:就活を意識し始める。住宅建築会社の説明会やインターンを回る中で、トミソーと出会う。

〇大学3年生(4〜6月):建築に絞らず視野を広げよう!と「人の想いを形にする」という抽象度の高い軸を掲げ、旅行、ディベロッパー、建設、広告、人材など、あらゆる業界を大冒険。

〇大学3年生(6〜10月):対策不足と大手の壁にぶち当たり、面接に通らない日々。ガタガタに苦しむ。

〇大学3年生(11〜12月):紹介で東京のベンチャー企業に出会う。人と理念に惚れ込み、12月に内定をいただく。

ここから、かくかくしかじかあり……

〇大学4年生(4〜7月):内定をいただいた東京の企業を含む2社で、どちらに進むか贅沢に迷い散らかす。

〇大学4年生(8月):どうしても諦めきれなかった「海外留学」の道を選択。覚悟を決めて、東京の会社の内定をすべて辞退する。

〇大学4年生(9月):しかし、様々な現実にぶつかり、留学の断念を余儀なくされる。親とも話し合い、再び「就職」へ舵を切り、再就活スタート。

御嶽山を前に、自分の心に聞いたこと

留学もダメになり、東京の内定も断り、完全に手札がゼロになった。
当時の私は、どこかに自分の人生の「正解」を求めてばかりいて、本当の意味で何も「決断」できていなかった。


迷走の極みにいた時、いつもお世話になっている方に相談した。
「一回、今までのいろんな条件やプライドをあえて全部忘れてさ。素直に『今、何をやりたいの?』って自分の心に聞いてみるといいよ」

そうアドバイスをもらい、私は地元・長野の開田高原(かいだこうげん)へ向かった。
雄大な御嶽山(おんたけさん)をぼーっと眺めながら、澄んだ空気の中で、自分の心に嘘偽りなく問いかけてみた。



「私は今、本当は何がしたい?何が好きなんだろう?」



その時、心の奥底からぽろっと出てきたキーワードがこれだった。
【 建築 】【 ものづくり 】【 サービス業(人と深く関わる仕事) 】

当時私が眺めていた場所:地元「開田高原」の雄大な御嶽

ちょうどそのタイミングで、富山の朝日町で「住宅デザイン塾(1泊2日の合宿)」が開催されることを知り、自分のこの想いが本物かどうか確かめるために参加した。

結果、そこには時間を忘れて心がイキイキと輝いている自分がいた。
周囲の方からも「施主さんの話を必死に聞いて、想いを形にプランニングしている時の菜緒ちゃん、イキイキしていたよ!」と言ってもらえた。
この瞬間、私の中で「建築業界に飛び込もう」という想いが、確固たる確信に変わった。

住宅デザイン塾

「ファン」から「プレイヤー」への決断

開田高原の山の上で「#建築」というキーワードが降ってきたあの直後、私はすぐに鬼原さんに連絡を入れ、ココス会(相談会)を開いた。(※後に私たちの思い出の場所となる、あのココスでの面談である。笑)ここで今までの就活、モヤモヤを全部吐き出した。それから社長とも話していく中でトミソーの選考を受けたい気持ちに変化していった。

そして「トミソーで決めよう」と、最後に腹を決めるきっかけは住宅デザイン塾での体感だ。
住宅デザイン塾で得たあの確信と、”尊敬する大人”がいたことが、トミソーへの入社を「決断」につながった。

私のトミソー入社のストーリーをまとめると、



始まりは「ファン・推しの会社」。

そして、最後の決め手は、

●「人の想いを形にする仕事」

●「心から興味がある建築・ものづくり:住宅デザイン塾で体感」

●「心から尊敬できる人がいる環境」

●「富山という環境:地方のリアルな一次情報(現場の現実)を感じられる」

この4つの要素が、トミソーという場所で掛け合わさったからだった。

思い出のココス

入社して2ヶ月経った、今の私が思うこと。

今だから考える私的に就活で大事だと思うことは、
「ありのままで企業と人と対話すること。」「自分の”興味”や”好きなこと”、夢中になることを大事にすること。」「社会の流れに合わせなくて大丈夫。納得のいくまで期限を決めつつ就活をやり続けること。」最後は、決断したのは”自分自身”であることを忘れないこと。自分の中で「正解」にしていくのは”自分”である。

そして、企業側も就活生に対して、「目の前にいる学生」に対して一生懸命向き合い、その人自身の人生を応援する。その姿勢が後に「ファン」から採用に繋がっていくのではないかと、今の私は感じている。



今ある環境に感謝の気持ちをもって一生懸命前に進んで、中島菜緒をバージョンアップしていきます!!
そして、全就活生の輝く舞台を共に考えるお手伝いを一生懸命します🔥




\次回の予告/

社内研修は、残すところ「店舗事業部」と「工務部」! そして、若手塾でも進展が!!!?
どちらについてもお伝えできたらと思います。

これからも、新入社員の正直で素直な目線で、トミソーの裏側を書いていきます。こっそり、でも熱く応援してくれたら嬉しいです。