2026.9.14blog
トミソーの未来を担う大事な大事な新入社員採用と社員育成について。前編
#社長ブログ
〜前書き〜
流石にこれだけ長くブログを更新しなかったのは初めてだと思います。
前回のブログ更新以降、
社屋移転、レセプション、中東問題(ナフサ問題)など
初めて経験する事を立て続けに、そして短期間で経験しました。
また、二年ぶりの新卒採用に加え、
(プライペートの話ですが)人生初の富士山の登山など。
嬉しい事も含めてブログの記事になるトピックが沢山ありましたが、
忙しさにかまけて放置状態でした。
完全にブログ再開のキッカケを失っておりました。
何から書けば良いの??
しかし、
ありがたい事にうちの若手女子社員2名が
再開のキッカケを作ってくれました。
久しぶりにペンを取ります。
いや、キーボードを叩きます。
本題の前に
そのキッカケの話をします。
それは今年の春から投稿されている
新入社員 中島菜緒(パッション)の大冒険ブログと、
そのアンサーとして書かれた採用担当の鬼原(鬼ちゃん)のブログ。
新入社員 中島菜緒のブログ
(①から⑤まであります。マジで面白いので全部読んでください)
https://tomisou.co.jp/topicks/ra-loof/
採用担当鬼ちゃんブログ
(全編と後編があります。これも良い記事なので読んでください)
https://tomisou.co.jp/topicks/id3896/
私も熱い熱いと良く言われますが、
この子達のブログには燃え上がる様なアツアツの思いが詰まりまくってます。
最近、トミソーの周りだけ気温が5度高いと言う噂は本当です。
中島菜緒に
良い文章を書くね!って迂闊に褒めたら、
「社長もアンサーブログを書いてください!」
と返って来ました。
本当に迂闊でした。
社長に指示するとは…大型新人の出現です。
と言う事で、
トミソーにとっては52年ぶりの社屋移転というビッグイベントの事など全部ほったらかして、
トミソーの未来を担う大事な大事な新入社員採用とその社員育成について。
今年入社した中島菜緒の姿を通して、私の思いを書きたいと思います。
そう。
ここまでが前置きです。
〜出会い、そして交流〜
鬼原のブログにもありますが、
彼女と出会ったのはあの子か2年生の時。
とあるイベントでした。
「開田高原出身」を会った5秒後くらいには聞いたと記憶してます。
開田をもっと元気にしたい!と、
元気に叫んでましたね。
なんだか懐かしい。
太陽の様にサンサンと輝く子。
こんな元気な子が居るなら、
開田高原はもう十分じゃね?と苦笑いした事を覚えてます。
その後もインターンに来てくれたり、
鬼原が力を入れていた「シン・就活塾」にも来てくれたりと交流は続きます。
3年生の時にはトミソーのホームページの動画撮影にも協力してくれました。
※今も当時の菜緒が動画に登場しています。
「トミソーの事は好きだけど、就職先ではない」
と思っている事は感じてましたし、もちろんそれで良いと思っていました。
いよいよ就活が本格的に始まった令和7年の春ごろには、
菜緒との接点は減っていました。
私達も採用活動に一所懸命でしたし、
彼女も一所懸命だったでしょう。
しかし、私達の努力の甲斐なく、
夏になってもなかなか良い出会いを得られず、トミソーは採用ができていませんでした。
そんな中、
中島菜緒と久しぶりに会ったのが7月の七夕イベント。
あんなにキラキラ輝いていた彼女が小さく萎んでいました。
その時期の彼女の心境は彼女のブログを読むとよく分かります。
大多数の就活生が直面する
「自分は何がしたいのか?」
「自分には何が出来るのか?」
と言う悩みに向き合っていました。
その時、相談を受けてわたしが彼女にしたアドバイスは
厳しいものだったと思いますが、
彼女は涙しながらも素直に聞いてました。
彼女のすごいなと思えるところは、
全ての事に真剣に取り組むところ、
弱いところも素直に出せるところ、
そして、「いや、それは…」と話を否定しないところ。
なんか放って置けない子なんですよね。
その後、イタリアに行きたい!とかの相談も受けたりと
やりとりは続きますが、
やはり彼女がトミソーに入るとは思ってませんでした。
本当に"親戚のおじちゃん“的な感覚で、
この子の事を真剣に思って応えていました。
〜この子をうちの子にする!〜
「トミソーさんはまだ採用活動をしていますか?」
と菜緒ちゃんから連絡が来ました!
と鬼原から聞いたのは確か9月だったと記憶しています。
驚きました。
私達はこの時まで新卒採用ができていませんでした。
今考えるとこれも未来からの“引き寄せ"だったと感じます。
どうやら鬼原はもうこの時点て菜緒をトミソーに入社させたい!
と思っていたみたいですが、私ははまだ迷っていました。
東京やイタリアにまで目を向けていた子。
そんな広い世界は観るもの、感じるものが違います。
私達の仕事はどちらかと言うと狭く深く集中して行う仕事。
もちろんここにも素晴らしい世界があります。
どこまでこの子が私達の「世界」にのめり込めるか?
私達が彼女にのめり込ませる投げかけができるか?
3回、4回と説明会や面談・対話を通して彼女と向き合い、
感じようとしました。
ただ、一時期の縮こまった彼女はそこにはおらず、
何が吹っ切れた顔をしていました。
私の中で決め手となった菜緒の言葉があります。
最終面談の中で、彼女に
「トミソーに何を求めている?」
と聞きました。
これは決められた質問ではなく、
思いつきの質問です。
(学生の皆さん、トミソーの最終面談で必ずこの質問があるとは限りませんよ)
菜緒は少し考えてから、
「私の手綱を握っていてください」
と応えました。
私の中で「この子を必ず一人前に育てる」と心に誓った瞬間です。
狭く深く集中して行う仕事ではありますが、
それにのめり込むのも、それを拡げて行くのも自分自身です。
建築がやりたい!と晴れ晴れとした顔で伝えて来た彼女を、
全力で応援するだけだなと腹落ちしました。
そして内定を出しました。
入社してから分かった事ですが、
私の危惧は思い過ごしでした。
彼女の業務でサインデザインやプレゼンパネルのデザインなどに取り組む姿勢は、
まさに集中力の塊。
深く深くのめり込んでいます。
ものづくりが好きなのは、
やっている時の顔を見ればわかります。
流石、宮大工の孫娘。
ものづくりの血が流れています。
元々の人とのコミュニケーションが大好き!
と言う資質と、常に絶やさない笑顔、大きな声、
そして大事な資質、
ものづくりへの姿勢。
本当にトミソーに向いています。
将来を楽しみにしています。
やっぱり、トミソーに入社したい!と
言ってきてくれたことは嬉しかったですし、
難しく考えることはなかったなと再認識しました。
ここまでが入社するまでの話です。
さて、
次回は入社してから4ヶ月の彼女の成長についてのお話しを書きます。
後編に続きます。
流石にこれだけ長くブログを更新しなかったのは初めてだと思います。
前回のブログ更新以降、
社屋移転、レセプション、中東問題(ナフサ問題)など
初めて経験する事を立て続けに、そして短期間で経験しました。
また、二年ぶりの新卒採用に加え、
(プライペートの話ですが)人生初の富士山の登山など。
嬉しい事も含めてブログの記事になるトピックが沢山ありましたが、
忙しさにかまけて放置状態でした。
完全にブログ再開のキッカケを失っておりました。
何から書けば良いの??
しかし、
ありがたい事にうちの若手女子社員2名が
再開のキッカケを作ってくれました。
久しぶりにペンを取ります。
いや、キーボードを叩きます。
本題の前に
そのキッカケの話をします。
それは今年の春から投稿されている
新入社員 中島菜緒(パッション)の大冒険ブログと、
そのアンサーとして書かれた採用担当の鬼原(鬼ちゃん)のブログ。
新入社員 中島菜緒のブログ
(①から⑤まであります。マジで面白いので全部読んでください)
https://tomisou.co.jp/topicks/ra-loof/
採用担当鬼ちゃんブログ
(全編と後編があります。これも良い記事なので読んでください)
https://tomisou.co.jp/topicks/id3896/
私も熱い熱いと良く言われますが、
この子達のブログには燃え上がる様なアツアツの思いが詰まりまくってます。
最近、トミソーの周りだけ気温が5度高いと言う噂は本当です。
中島菜緒に
良い文章を書くね!って迂闊に褒めたら、
「社長もアンサーブログを書いてください!」
と返って来ました。
本当に迂闊でした。
社長に指示するとは…大型新人の出現です。
と言う事で、
トミソーにとっては52年ぶりの社屋移転というビッグイベントの事など全部ほったらかして、
トミソーの未来を担う大事な大事な新入社員採用とその社員育成について。
今年入社した中島菜緒の姿を通して、私の思いを書きたいと思います。
そう。
ここまでが前置きです。
〜出会い、そして交流〜
鬼原のブログにもありますが、
彼女と出会ったのはあの子か2年生の時。
とあるイベントでした。
「開田高原出身」を会った5秒後くらいには聞いたと記憶してます。
開田をもっと元気にしたい!と、
元気に叫んでましたね。
なんだか懐かしい。
太陽の様にサンサンと輝く子。
こんな元気な子が居るなら、
開田高原はもう十分じゃね?と苦笑いした事を覚えてます。
その後もインターンに来てくれたり、
鬼原が力を入れていた「シン・就活塾」にも来てくれたりと交流は続きます。
3年生の時にはトミソーのホームページの動画撮影にも協力してくれました。
※今も当時の菜緒が動画に登場しています。
「トミソーの事は好きだけど、就職先ではない」
と思っている事は感じてましたし、もちろんそれで良いと思っていました。
いよいよ就活が本格的に始まった令和7年の春ごろには、
菜緒との接点は減っていました。
私達も採用活動に一所懸命でしたし、
彼女も一所懸命だったでしょう。
しかし、私達の努力の甲斐なく、
夏になってもなかなか良い出会いを得られず、トミソーは採用ができていませんでした。
そんな中、
中島菜緒と久しぶりに会ったのが7月の七夕イベント。
あんなにキラキラ輝いていた彼女が小さく萎んでいました。
その時期の彼女の心境は彼女のブログを読むとよく分かります。
大多数の就活生が直面する
「自分は何がしたいのか?」
「自分には何が出来るのか?」
と言う悩みに向き合っていました。
その時、相談を受けてわたしが彼女にしたアドバイスは
厳しいものだったと思いますが、
彼女は涙しながらも素直に聞いてました。
彼女のすごいなと思えるところは、
全ての事に真剣に取り組むところ、
弱いところも素直に出せるところ、
そして、「いや、それは…」と話を否定しないところ。
なんか放って置けない子なんですよね。
その後、イタリアに行きたい!とかの相談も受けたりと
やりとりは続きますが、
やはり彼女がトミソーに入るとは思ってませんでした。
本当に"親戚のおじちゃん“的な感覚で、
この子の事を真剣に思って応えていました。
〜この子をうちの子にする!〜
「トミソーさんはまだ採用活動をしていますか?」
と菜緒ちゃんから連絡が来ました!
と鬼原から聞いたのは確か9月だったと記憶しています。
驚きました。
私達はこの時まで新卒採用ができていませんでした。
今考えるとこれも未来からの“引き寄せ"だったと感じます。
どうやら鬼原はもうこの時点て菜緒をトミソーに入社させたい!
と思っていたみたいですが、私ははまだ迷っていました。
東京やイタリアにまで目を向けていた子。
そんな広い世界は観るもの、感じるものが違います。
私達の仕事はどちらかと言うと狭く深く集中して行う仕事。
もちろんここにも素晴らしい世界があります。
どこまでこの子が私達の「世界」にのめり込めるか?
私達が彼女にのめり込ませる投げかけができるか?
3回、4回と説明会や面談・対話を通して彼女と向き合い、
感じようとしました。
ただ、一時期の縮こまった彼女はそこにはおらず、
何が吹っ切れた顔をしていました。
私の中で決め手となった菜緒の言葉があります。
最終面談の中で、彼女に
「トミソーに何を求めている?」
と聞きました。
これは決められた質問ではなく、
思いつきの質問です。
(学生の皆さん、トミソーの最終面談で必ずこの質問があるとは限りませんよ)
菜緒は少し考えてから、
「私の手綱を握っていてください」
と応えました。
私の中で「この子を必ず一人前に育てる」と心に誓った瞬間です。
狭く深く集中して行う仕事ではありますが、
それにのめり込むのも、それを拡げて行くのも自分自身です。
建築がやりたい!と晴れ晴れとした顔で伝えて来た彼女を、
全力で応援するだけだなと腹落ちしました。
そして内定を出しました。
入社してから分かった事ですが、
私の危惧は思い過ごしでした。
彼女の業務でサインデザインやプレゼンパネルのデザインなどに取り組む姿勢は、
まさに集中力の塊。
深く深くのめり込んでいます。
ものづくりが好きなのは、
やっている時の顔を見ればわかります。
流石、宮大工の孫娘。
ものづくりの血が流れています。
元々の人とのコミュニケーションが大好き!
と言う資質と、常に絶やさない笑顔、大きな声、
そして大事な資質、
ものづくりへの姿勢。
本当にトミソーに向いています。
将来を楽しみにしています。
やっぱり、トミソーに入社したい!と
言ってきてくれたことは嬉しかったですし、
難しく考えることはなかったなと再認識しました。
ここまでが入社するまでの話です。
さて、
次回は入社してから4ヶ月の彼女の成長についてのお話しを書きます。
後編に続きます。